国際機関の勧告と日弁連意見書に対する日本政府の対応について
優生思想に基づく強制的な手術は我が国特有の問題ではなく,世界各国で実施されていました。その中で,スウェーデン及びドイツにおいては,強制不妊手術の被害者に対し,国としての正式な謝罪及び補償を行いました。しかし,日本政府は,現在まで何ら謝罪及び補償を行っていません。
以下に、国際人権(自由権)規約委員会と国連女性差別撤廃委員会の勧告、日弁連の意見書と、それらに対する日本政府の対応をまとめました。
1 国際人権(自由権)規約委員会の勧告に関して
(1)国際人権(自由権)規約委員会の勧告
平成10(1998)年11月,国際人権(自由権)規約委員会は,日本政府の第4回報告書(平成9(1997)年)に対する「最終見解」(平成10(1998)年11月19日)の第31項において,日本政府に対し,次のように勧告した。
「委員会は,障害を持つ女性の強制不妊の廃止を認識する一方,法律が強制不妊の対象となった人たちの補償を受ける権利を規定していないことを遺憾に思い,必要な法的措置がとられることを勧告する」。
(2)上記勧告に対する日本政府の見解
これに対し,日本政府は,第5回報告書(平成18(2006)年12月)第297項~第299項において,次のような見解を示した。
「平成8年の改正前まで,旧優生保護法(1948年法律第156号)は,遺伝性精神病等の疾患にかかっており,その疾患の遺伝を防止するため優生手術を行うことが公益上必要であると認められる者について,都道府県優生保護審査会の審査,公衆衛生審議会による再審査,本人等による裁判所への訴えの提起等の厳格な手続を経て,その者の同意を得ることなく当該手術を行う旨等を規定していたものである」。「同法は,優生保護法の一部を改正する法律(1996年法律第105号)により改正され,本人の同意を得ない優生手術に係る規定等は削除されたところであるが,同法による改正前の旧優生保護法に基づき適法に行われた手術については,過去にさかのぼって補償することは考えていない」。「なお,優生保護法の一部を改正する法律による改正前の旧優生保護法においても,本人の同意の有無にかかわらず,優生手術の術式として子宮摘出は認められていなかった。また,改正後の母体保護法において,障害者であることを理由とした不妊手術や本人の同意を得ない不妊手術は認められていない」。
(3)日本政府の見解に対する日弁連の対応
上記日本政府の第5回報告書に対する日弁連の報告書(平成19(2007)年12月)第429項~第433項においては,政府の対応と第5回政府報告の記述について,国は,ハンセン病療養所への強制隔離については,補償を実施する方向のようであるが,強制不妊措置については,補償はおろか実態調査も行っていないこと,日本国内では,障害の有無に関わらず,女性の意に反しての強制不妊措置が,女性の性的意思決定権の重要な一部であるリプロダクティブ・ライツに対する重大な侵害であるということへの認識が未だ不十分であることを指摘した上,次のような提言がなされている。
「1 国は,過去に行われたハンセン病患者をはじめとする障害を持つ女性に対する強制不妊措置について,政府としての包括的な調査と補償を実施する計画を,早急に明らかにすべきである。
国は,今後の同種被害の発生防止のため,リプロダクティブ・ライツを含む女性の性的意思決定権尊重のための人権教育・ジェンダー教育を,随時実施すべきである」。
(4)国際人権(自由権)規約委員会のさらなる勧告
同委員会は,日本政府の第5回報告書(平成18(2006)年)に関する「自由権規約委員会の最終見解」(平成20(2008)年10月30日)の第6項において,次のような勧告を続けている。
「委員会は,第4回政府報告書の審査後に出された勧告の多くが履行されていないことに,懸念を有する。締約国は,委員会が今回及び前回の総括所見において採択した勧告を実施すべきである」。
(5)その後の日本政府の報告
その後の日本政府の第6回報告書(平成24(2012)年)においては,優生保護法に関する報告はなされなかった。
(6)国際人権(自由権)規約委員会のその後の勧告
同委員会は,上記日本政府の第6回報告書(平成24(2012)年)に関する「最終見解」(平成26(2014)年8月20日)の第5項においても,同様に,以下のような勧告を続けている。
「委員会は,締約国の第4回及び第5回定期報告審査後の検討後に発出された勧告の多くが履行されていないことを懸念する。締約国は,委員会によって採択された今回及び以前の最終見解における勧告を実施すべきである」。
2 国連女性差別撤廃委員会の勧告に関して
(1)日本政府による報告
日本政府は,平成13(2001)年11月の日弁連報告書の第2部第3条(3)において,優生保護法の下で強制的な不妊手術を受けた女性に対して,補償する措置を講じるべきであるとの指摘を受けているが,その後に行われた女性差別撤廃条約実施状況についての第5回報告から第8回報告には,優生保護法に基づく強制不妊手術に関する記載はない。
(2)日弁連の対応
その後日弁連は,「女性差別撤廃条約に基づく第7回及び第8回日本政府報告書に対する日本弁護士連合会の報告書~会期前作業部会によって作成される質問表に盛り込まれるべき事項とその背景事情について~」(平成27(2015)年3月19日)において,優生保護法により強制不妊手術の対象とされた人たちに対する保障については,いまだ何らの施策が取られていないことを指摘し(同第108項(2)),また,平成10(1998)年の国連規約人権委員会総括所見において,強制不妊の対象となった人たちの補償に関し,必要な法的措置がとられることが勧告されたが,その後,この課題が進展していないことについても指摘した(同第318項)。
同報告書においては,上記のとおり指摘の上,「1998年の国連規約人権委員会による総括所見…について,日本政府は必要な措置を採る対応の予定はあるのか」等の事項を質問表に盛り込むべきであるとしている(同第2部第12条第3の1)。
また,上記日弁連報告書を補足する「第7回及び第8回締約国報告に対する女性差別撤廃委員会からの課題リストに対するアップデイト報告」(平成27(2015)年12月17日)においては,強制不妊手術の対象となった障害のある女性に対する補償について,講じられた措置に関する情報提供を政府に求める(同質問事項16)とともに,平成8(1996)年までに優生保護法に基づいてなされた不妊手術については事実解明も謝罪も賠償もなされていないこと,規定外のレントゲン照射や子宮の摘出が女性障害者に実施されるという違法行為が黙認されていた実態が存在する旨等指摘している(同第168~第170項)。
(3)国連女性差別撤廃委員会の最終見解
その後,国連女性差別撤廃委員会は,平成28(2016)年3月7日,「日本の第7回及び第8回合同定期報告に関する最終見解」を発表した。
同見解においては,「主要な関心事項及び勧告」の第25項で,優生保護法に基づく優生手術に関する勧告を出している。
上記勧告の内容は,「委員会は,締約国が優生保護法に基づき行った女性の強制的な優生手術という形態の過去の侵害の規模について調査を行った上で,加害者を訴追し,有罪の場合は適切な処罰を行うことを勧告する。委員会は,さらに,締約国が強制的な優生手術を受けた全ての被害者に支援の手を差し伸べ,被害者が法的救済を受け,補償とリハビリテーションの措置の提供を受けられるようにするため,具体的な取組を行うことを勧告する。」というものである。
3 平成29年2月16日付け日弁連意見書に関して
(1)日弁連は,平成29(2017)年2月16日,「旧優生保護法下において実施された優生思想に基づく優生手術及び人工妊娠中絶に対する補償等の適切な措置を求める意見書」を発表した。
(2)その意見書の趣旨は,「1 国は,旧優生保護法下において実施された優生思想に基づく優生手術及び人工妊娠中絶が,対象者の自己決定権及びリプロダクティブ・ヘルス/ライツを侵害し,遺伝性疾患,ハンセン病,精神障害等を理由とする差別であったことを認め,被害者に対する謝罪,補償等の適切な措置を速やかに実施すべきである。」「2 国は,旧優生保護法下において実施された優生思想に基づく優生手術及び人工妊娠中絶に関連する資料を保全し,これら優生手術及び人工妊娠中絶に関する実態調査を速やかに行うべきである。」というものである。
(3)そして,上記意見書は,優生思想に基づく優生手術及び人工妊娠中絶について,①自己決定権(憲法13条),リプロダクティブ・ヘルス/ライツ侵害,②平等原則(憲法14条1項)違反であり,「優生手術及び人工妊娠中絶によって,被害者は子どもを産み育てるかどうかを決定することができなくなったのであり,その精神的苦痛は生涯にわたって続くものであ」って,「優生手術及び人工妊娠中絶は,いずれも身体を傷つける方法で行われるものであるから,身体の侵襲という重大な結果をもたらすものに他ならない」とし,その被害は極めて重大であるとする。
(4)日弁連は,上記意見書において,日本政府の取るべき措置の内容として,次のとおり述べている。すなわち,「優生手術及び人工妊娠中絶が国家的な人口政策を目的としてなされたこと及びその被害が極めて重大であることに鑑みれば,その被害を放置することは許されず,国は,被害者に対する謝罪,補償等の適切な措置を実施すべきである。」「適切な措置を実施するに当たっては,その前提として,優生思想に基づく優生手術及び人工妊娠中絶に関連する資料を保全し,これらに関する十分な実態調査を行うことが必要である。優生思想に基づく優生手術及び人工妊娠中絶は,1949年から実施されており,同年から現在までに68年もの年月が経過している。そのため,現時点においてすでに重要な資料の一部が失われている可能性があり,今後さらに,年月の経過とともに関連する資料が散逸する危険性がある。これら優生手術及び人工妊娠中絶の関連資料が失われれば,実態調査が難航するとともに,被害者が被害を受けたことを立証することも困難となるおそれがある。よって,国は,早急に関連資料の保全を行った上で,優生思想に基づく優生手術及び人工妊娠中絶の実態調査を実施すべきである。」「この適切な措置及び調査は国際機関からの要請でもある。そして,旧優生保護法の制定当初に優生思想に基づく優生手術及び人工妊娠中絶を実施された被害者が,すでに相当に高齢になっていることも考慮して,被害回復のための適切な措置及び調査は可能な限り速やかに実施されるべきである」というものである。
このように,国際機関及び日弁連から,長期間にわたり優生保護法下での強制的不妊手術等の被害者に対する公的補償を行うことを勧告され続けているにもかかわらず,日本政府はこの勧告を無視し続け,何ら被害者に対する謝罪,公的補償の実施を行っていません。